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きらきら、ひかる。

「食べ方は生き方」「毎日を好きなことだけで埋め尽くす」「家=最高に居心地のいいお城」がテーマ。 結婚3年目の幸せな日々を、千葉の小さな食卓からデザインしています♪

【ブログ移転しました】

ご訪問くださり、ありがとうございます!

 

「きらきら、ひかる。」は

以下のサイトへ移行しております。

 

 

新サイト名

「ときめく食卓、きらきらの毎日。」

http://kirakira-aya.com

 

 

まだ手入れ中ですが、

よろしければブックマークしてくださいませ◎

 

 

 

今後ともよろしくお願いします!

 

 

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どちらか、ではなくて すべてはニュートラル。

加害者と被害者

 

 

目線を上げていくと

加害者も被害者もいないし

 

 

 

白も黒もない、すべてひとつ。

 

 

 

かなり最近まで自分もそうだったし

いまももしかすると、たまにそんな思想が顔を出すこともあるかもしれない(思い起こすかぎりはない)けど

 

 

自分の外側に仮想敵を置くような思考のしかた(だまされるかもとか、悪い人がいるから〜とか)だったり

なにかひとつの事象を単発で取り上げて

良い悪いと"判断する""批評する""評価する"、ということが

感覚としてピンとこなくなってきてる。

 

 

 

以前までは感情移入して

その"戦い"に自分も参戦していたのだけど

いまやふぅん、と

なんだかとっても他人事なのだ。

 

 

 

表面上は戦っていなくても
心の中でつねになにかと戦ってしまう習性が抜けたことで
心の安らぎ、心の和らぎは満ちあふれるばかり。

 

 

勝たなくてもいい、というか

勝ち負け自体がそもそもないし

良い悪いなんてない。(そのときのその人にとっての良し悪しがあるだけ)

 

 

そして、少し限定的な話だけど

誰かに腹を立てて

許さない!とか もう許す、なんていうのも

そのときのその人にとっての許す許さないがあったのかもしれないけれど、

許す許さないとかではなくて、そこに事象があるだけだ。

 

 

 

そして、単純にそういうことに体力を使わなくて済むようになったことを

嬉しく思った(*^^*)笑

 

 

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ドメイン取れた♪

 

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"kirakira-aya.com"

 

で取れた♡

 

 

 

嬉しい(*^^*)

 

 

★紅はるかの大学いも@モーニングクッキング

 

朝起きて、主人のごはん用にこの子だけは作った!

 

 

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甜菜糖ふくめ砂糖は使わず、

酒蒸ししてからの油多めの揚げ焼き→醤油と黒ごまで転がして。

 

 

 

主人とふたりして味見してたら

1/4なくなったぞ( ̄▽ ̄)

 

 

寝る前に幸せな気持ちになった♡

 

はたゆかさん、

ありがとうございます♡

 

 

https://www.facebook.com/okuayachan/posts/1205245309592618

 

 

 

 

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わたしは

 

 

 

「愛してるよ」だった♡

おうちの守りグモに名前をつけた!(記事内にクモの写真あり)

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最近よく出会う地蜘蛛(じグモ)。

 

 

しょっちゅう見かけるから、

たぶん毎回おなじクモちゃん。

 

 

主人「名前つけるか!」

 

 

 

ガーディアン?

タランチュラ?(あ、そりゃ毒グモか)

 

 

 

主人&わたし「...スパイダー!..マン?」

 

 

 

というわけで、

スパイダーマンという命名になった☆

(安直!笑)

 

 

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あなたより上はいないし、あなたより下もいない。

学生時代の友人のFacebookを見るに

あ、彼女なんかやってるな、、、

という感じの子がひとり。笑

 

 

 

これはディスるわけではまったくなくて、というか

わたしも経験があって(※コミュニティビジネス)

なんだか以前の自分を見ているようなこそばゆさなんかもあったりヽ(´ー`)ノ

 

 

 

おせっかい&老婆心ながら(同い年だけどね)

ありゃー思ったりも正直するけれども、まぁ

そんなわたしの勝手な自己投影を投げるというような無粋はもちろんしないけど

思うこと。

 

 

 

 

タテ割りのコミュニティビジネス、またはビジネスでなくてもコミュニティ的な組織に感じるのは

そこに上下の概念がほぼ必ずと言っていいほど

入り込んでくるという息詰まり感。

 

 

 

 

"タテ割り"というとすごく限定的なのでもっと一般化すると、要は

誰か一部の"すごい人"とその他の人たち

という組織構成も、ここでは同義とする。

 

 

 

 

そして、"上下の概念"というのも限定的かつ漠然としているので

例えを言ってみると

"してあげたい"→してあげる人としてもらう人

"与えてあげたい"→与えてあげる人と与えてもらう人

"がんばる"→がんばる人とがんばらない人(がんばるのが美しいという前提)

 

他にも

・常になにか比較対象を想定したもの言い

・仮想敵を想定したもの言い

 

などなど。

 (上下の概念に加えて、"シロかクロ""敵か味方か"などもふくむ)

 

 

そしてそれは

当人はまったくの無自覚かつ悪意はもちろんないパターンが大多数なんじゃないかな。

 

 

 

 

そういうときって、

世界の仕組みがそうなっちゃってるから気づきもしなかったりして。

 

 

 

 

こういうところに絡めとられちゃう人って

優しくて気のいい人が多いなぁ、という印象。

 

 

 

 

絡めとられる、という言い方も

不穏なニュアンスを込めているけど(笑)

わたしのフィルターからは少なくともそんな感じ。

(他の人はわからない)

 

 

 

 

わたしの場合は、途中から

「こういうのが嫌だな〜」

「でもこの組織にいる限りはガマンガマン」(←組織にいるといいとこ取りだけできない不自由さ)

みたいな我慢ループに入ったので

だから、不都合な現実や上手くいかない現実が押し寄せたというのもあると思う。

 

 

 

そんななかで、いつまでも我慢し続ける鈍いわたしに

トドメを刺すかのように傷ついた事件が起きて

それは、割と最近まで

思い出して口にだすと涙が出ちゃうくらいに

トラウマ級なことだったりした。

 

(もう1年以上も経つのに!驚)

 

 

 

 

でも、そのおかげであの世界から外れるアクションを取ることができて

その結果としてのいまがあるならば

一概に悪いことではなくって、ギフトだったのかなぁとも思ったり。

 

 

 

 

話が脱線したけど、こういうのが目につくのは
自分が通り抜けてきた道だったからのいろんなフラッシュバックがあるからであって。

 

これも自己投影だけど、願わくば
その人にとっての優しい世界に落ち着いて欲しいなぁ、なんて思うのです。

 

 

 

いまや

わたしの上には誰もいないし、

わたしの下にも誰もいないという幸せ。

 

 

そしてそれは、

わたしが単にそう決めただけ♡

 

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