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きらきら、ひかる。

「食べ方は生き方」「毎日を好きなことだけで埋め尽くす」「家=最高に居心地のいいお城」がテーマ。 結婚3年目の幸せな日々を、千葉の小さな食卓からデザインしています♪

精神世界を磨く、満たす。  

 

日の出時間を過ぎてからの起床なので、朝のスタートはものすごく早かったわけではないのだけど
お昼をまわった時点での、この強烈な充足感。

 

 

休日のこの感覚が、ちょこっと久しぶりで

じわじわと嬉しい。

 

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朝イチに夫とフルーツを食べて

 

きちんとつくった白湯を
ちょうど良い温度でいただいて
(今朝の白湯は本当に美味しかった!)

 

 

玄米で塩おむすびをにぎる。

 



塩煮にしたかぼちゃを葛粉とあわせてペーストにして、
プリンをつくる。

 

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鍋に沸かしたココアとエスプレッソ、甘酒とメープルシロップで甘みをつけたカフェモカをふたりですする。

 

 

 

夜の食事に向けて玄米を研ぐ。

 

もくもくと、拝み洗い。

 

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塩を入れるのは
大地のお米と海の塩が、
鍋のなかで出会うと美味しくなるマジックが起こるらしい。


(きちんと研いでつけおいた、塩気のある玄米って本当に美味しい!)

 

 

 

なんだか食べてばかりだけど(笑)


何度もキッチンに立って手間をかけては食べる、、、。

 

 

 

3年前くらいに"瞑想(メディテーション)"
という概念を知って、

そのときはまったくピンとこなかったのだけど。

 


いまは、

キッチンで食べものと向き合って手を動かすのが
わたしにとってのメディテーションなのだ、

という感覚を覚える。

 

 

※ただし、考えごとをしていたり
自分の気持ちがひとつにまとまっていない感覚での台所しごとは、

メディテーションではなくなる。

 

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卵が先か、ニワトリが先かみたいな話かもしれないけど

 

 

心身が澄み渡って元気になる

メディテーションできる、

"いま、ここ"に集中して生きる

 

 

この流れを
じゃんじゃん回していくこと。

 

 

 

 

息をするようにしていた料理のはずなのに、

少し前までざわざわが止まらなくて
失われていた"いま、ここ"という感覚が
少しずつ戻ってきた。


そのときは自分の中でも説明をつけたくてもしばらくわからなかったけど、
あぁ、これは何かいま自分がすごく不自然なことをしている警報(アラート)だ、ということだけはわかった。

 

 

わたしにとっては
食べ物を呼吸するように扱えるのは、精神が健康かどうかのひとつのバロメーターなのかも。

 

 

 

新しい要素を加える何かを人生に足していくフェーズではないんだな〜。

 

 

 

外的な事象はさまざまに存在するけど
それは誰かが波を起こしているように見えたりしても、そうではなくて
わたし自身への"世界のつくりかた"を見直しなさい、というサインだったのだろう。

 

 

一見ネガティヴに見えたことでも

その瞬間だけでは、モノゴトの善し悪しははかれないものだし

こう言うと月並みだけど、

結局はとらえ方次第なんだなと、改めて。

 

 

自分が幸せであることを追求しながら

自分の世界を創ってまわしていくことを

いまいちど、強烈に真摯にやっていこうと思った☆

 

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近所の気になる"長老"さん。